日々の生活の場や、診療室での患者さんとの対話の中で気がついたこと、考えたことを記録してみました。ある意味日記のよなものです。いつまで続くか--。お暇でしたらどうぞ。-自称哲学者-客観的には単なる自意識過剰-
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03.10.22 日本シリーズ
03.9.30 対象喪失
03.9.25 生番組のTV初出演
03.9.8 「歯のトラブル知らずになる本」の反響
03.5.22 機械の故障と人の病気
03.1.29 歯は命
02.12.16 一番いいことは何ですか?
02.10.17バリ島爆破事件
02.8.29スマイルと歯の関係
02.8.15 観る者と観られる者
02.6.23 ワールドカップ
02.6.14 3歳児歯科検診
02.6.5 荏田西保育園で検診
02.6.4 歯並びとスマイル
02.5.18 歯磨きされるのをいやがる子を持つお母さんへ
02.5.20 子供の指しゃぶりにどう対処しましょう?
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| 03.10.22 日本シリーズ
第一戦はダイエーの劇的サヨナラ勝ちで、第2戦は一方的な試合になったようです。お互い勝つために精一杯やっているのでしょうが、勝つのは一方だけです。もっとも、どちらが勝つかを決めるゲームなのであたりまえのことですが。
勝者と敗者ではその後の待遇が天と地なので、選手を始め関係者が勝敗にこだわるのは当然のことでしょうが、必要以上にあおられすぎてはいないでしょうか?
目的を設定してそれを実現するために努力することは尊いことですが、勝たなければ意味がないようなことを当事者から言われると所詮ゲームなのだけどと思ってしまいます。もっとも、『臥薪嘗胆』と同じように、そのように思うことによって自分を追い立て、気合いを入れる効果を狙っている要素もあるでしょう。
勝った後のご褒美も魅力でしょうが、優越感に浸るのはよほど嬉しいことなのでしょう。あんなにまで努力させるほどのやるきをおこさせることですから。
スヌーピーの漫画で、ひいきの選手がサヨナラホームランを打ったといって喜ぶ子供に、打たれた投手はどんなに悲しい思いでいるかなというコメントを登場人物に言わせたコマがありましたが、勝負というのは残酷なものです。
もっとも、平和な世の中だから、生活に抑揚を持たせる意味として、ゲームは欠かせないものなのでしょう。ローマ時代は命をかけた試合を市民が楽しんでいたらしいのですが、スポーツの試合ではそれほど野蛮ではないのですから。
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03.9.30 対象喪失
心理学者の小此木啓吾さんが9月21日に亡くなったとの記事が新聞に掲載されました。どのような業績を残したかの欄に「対象喪失」「モラトリアム人間」らの言葉で現代人の深層心理を研究されたとありました。確か目にした言葉だと書棚を探してみると、小此木啓吾さんが書かれた「現代人の心理構造」「シゾイド人間」「困った人たちの精神構造」の3冊が見つかりました。パラパラとページをめくってみると、おだやかな人柄を推測される文体で引き込まれました。
これらを読んだ時には、わかりにくい人間の心を深く正確に研究される真摯な研究姿勢に感銘を受けた記憶はありますが、今となってはどのような内要であったか、正直言ってあまり覚えておりません。ただ、「対象喪失」という言葉については、幼い頃母親を亡くした経験から、印象深く残っていました。あの時のような心情が人間にとって一番と言ってよいほど辛いことなのだということを知らされたことを思い出します。私の母親の場合は、当時は不治の病とされた病気ですので、しかたがないとあきらめるしかないのですが、そうではなく、特定の人の故意や不注意で身近な人を亡くされる方も多くいることが毎日のニュースで知らされます。これらの事件の犠牲者の近親者は、どのようにして心の痛みを癒したらいいのでしょうか?
新聞やテレビのニュースに連日取り上げられる解決の目処の付かないイスラエル、パレスチナ抗争の犠牲者の近親者はお互いの敵に憎悪の言葉を投げかけあっていますが、それで解決できるのでしょうか?
最近はよくニュースになる医療過誤による死亡事故の当事者は、どのように心の問題を解決できるのでしょうか?思い出すのは、歯科治療で子供にフッ素塗布する際に、工業用のフッ素を使用して子供を死なせてしまった歯科医が自殺した事件です。過った医療者が責めを負うのは当然のことですが、取り返しのつかない罪は自らの死をもって償うしかないのでしょうか?
幸いなことに、私は歯科医ですので、生死にからんだ事弊に遭遇することはないと思うのですが、善かれと思って施術し、意に反して患者さんの身体を傷つけてしまうこともあるわけで、自分が行うことで人を悲しませることのないよう心して歯科診療にかからなければと、再度心に刻みました。
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| 03.9.25 生番組のTV初出演
関西テレビからの要請で「2時ドキッ」という番組に歯科情報コーナーのコメンテーターという役回りで生番組に出演してきました。
私が選ばれたのは、私が著作した本をデレクターが見て、幅広い分野で中庸のコメントが得られると考えたからだそうです。
番組で取材されのは、一時的にふぞろいの歯をきれいにする方法、歯磨きをすると血圧が低くなりダイエットに効果があるという話し、顔面の表情筋のエクササイズにより若々しい顔貌を獲得するという3項目でした。顔面の表情筋のエクササイズ以外の話題は眉唾ものですので、このような問題にコメントするのは気が向かないと思いましたし、生番組でしどろもどろになりやしないかと心配でしたので、断わろうと考えたのですが、自分の精神状態が生番組でどう変化するか、冷静さが維持できるかどうかテストをするのも面白いと考え直して引き受けることにしました。
やってみたところ、場の雰囲気に多少なりとも溶け込めてそこそこのできだったようで、終了後に番組の制作者にまた機会があったらよろしくと言われました。もっとも、お世辞の要素もおおありと思いますので、ビデオは見たくありません。
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03.9.8 「歯のトラブル知らずになる本」の反響
拙著「歯のトラブル知らずになる本」が発刊されてから1ヶ月がたちました。分かりやすいし読みやすいとう感想をいただくことが多く、苦労したことが報われた感じがして嬉しく思っています。ラフな感じのイラストも柔らかいおだやかな雰囲気をかもし出しているようで、受けているようです。診療室で買っていかれる方は、本のサブタイトルの30、40代ではなく、お孫さんのおられる年代の方が多いです。理由は、子育て中のお嫁さんにとか、娘に読ませるためだそうです。
目次
1章 とにかく歯磨き!
2章 虫歯にならないために
3章 歯周病にならないために
4章 ストレスが引き起こす歯のトラブル
5章 歯と口元を美しく保つために
6章 母と子供の歯の健康
7章 上手な歯科医の利用法
8章 歯を失ってしまったら
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03.5.22 機械の故障と人の病気
機械が故障したら、修理家に直してもらいます。人が病気にかかったら、医者に治してもらいます。一見似てるようにみえる行為ですが、本質的にはまったく異なることと考えたことはありませんか。機械は修理家が手を下さなければ直りませんが、人はほっといても治ることが多々あります。なぜなら、人間を含め生き物は、生きている限り自分で治る力が備わっているからです。生命が存在するものと、ないものとでは本質的な違いがあります。
怪我をしたり骨折しても、処置を誤らなければきれいに治ります。医者に診てもらって治ったから、医者が治したと考えるのは正確ではありません。傷ついた組織の細胞が必死になって元通りにしようと努力した結果治ったのです。医者はそこが治りやすいように固定したり細菌に冒されないように消毒して、組織の細胞の治癒力をうまく引き出したのです。その証拠に、死んだ人を生き返らせないように、どんな名医であっても、傷ついた組織の細胞が死んでいたら絶対に治せません。
そもそも医学が未熟だった昔は、病気になると神社におまいりして祈願しました。神社は一般にきれいに掃き清められていて、手を洗ったり口をすすぐ水場があり、神主は清潔そうな白い衣装をまとっています。手や口を清潔にして、神殿に向かって両手を合わせて神様にお祈りすれば雑念も消え、身も心も清潔になったのでしょう。自然治癒力に頼るしかなかった古人の知恵も中々なものです。
医学が進歩していろいろなことが解明され、今まで治らなかった病気も治せるようになったのはありがたいことですが、根本的な生命の治癒力をないがしろにすることはできません。病気になって一番大切なのは、清潔にすることと安静を保つことです。できれば、心のわだかまりや不安もなくしたいものです。最新医学情報に振り回されずに、うまく利用しするよう心掛けましょう。
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| 03.1.29 歯は命
「芸能人は歯は命」というコピーが一時はやったことがあって、歯科医としては自分の仕事の重要性が世間に認識されたかという感がしてうれしく思ったことがありました。しかし、このコピーの意味するところは何でしょう。歯はどんなものか見えますが、命は見えません。命を広辞苑で調べてみると、『?生物の生きていく原動力。生命力。?寿命。?一生。生涯。?もっとも大切なもの。真髄。』とありました。たぶん、このコピーを作った人は、「歯はもっとも大切なもの」と言いたかったのでしょう。芸能人にとって、歯が大切であることはわかりますが、最も大切なものかと言えば異論もあるでしょう。あっとさせる意外性がないとコピーとしては注目されませんから、このコピーがうけたのは、歯はあまり一般的には重要視されていないことの裏返しなのでしょうか。アイドルといっても歯並びが悪い人も多くいらっしゃいます。大方の人は歯が痛くならなければ歯の存在すら意識しないものです。
芸能人にとって歯が一番でないにしても大切なのは顔の構成をなすパーツとして、意外と大きく影響するからなのですが、野生動物にとってはまさに死活問題です。歯で餌を噛み切ったり咀嚼したりができなければ生きていけません。なわばり争いや配偶者の獲得争いでも牙がなければ話になりません。人間にとっても文明が進んで、食物を煮たり焼いたりして柔らかくすることができない時代には歯がなくなったら死を意味していたのでしょう。まさに『歯は命』です。今は歯がなくても十分生きていけます。虫歯や歯周病で歯を失っても、入れ歯があるし、骨に人工の歯を埋め込むインプラントもあります。あるいは、噛まなくてもいいように食物をミキサーにかけどろどろの汁状にすることもできます。たまに往診に伺う病院で見た患者さんの中に、顎がはずれて口が閉まらないので、鼻からチュウブを食道に通し食物を注射器で送り込んまれている老婦人をみかけましたその意味では、現代人にとっては『歯は命』ではありません。
『?生物の生きていく原動力。生命力。』という観点からみたらどうでしょう。一般人は煩悩のかたまりで、多くの欲望をかかえながら生活しています。そのために努力し、欲望がかなえられれば歓喜し、達せられなければ悲しみ悩むものです。それが生きる原動力になっています。その欲望の一つである『食欲』は『おぎゃー』と生まれたときからあって、死ぬまで絶えることがないそうです。人間は植物でないから、食わなければ生きていけません。食欲が終生あるのは生き物として当然のことなのでしょう。新聞に寝たきりの老人が、入れ歯を作って噛めるようになったら、立ち上がって歩けるようになったとの記事が掲載されたのを読んだことがあります。もちろん元気にはつらつとしてきたそうです。『食は命』とでも言えましょうか。
食通家で某大学教授であった方の著書に、歯がダメになって微妙な味わいがわからなくなったとの愚痴が述べられていたことがありました。どんなに高級なレストランや料亭で高級料理を食する機会に恵まれたとしても、歯が不自由だったらどうでしょう。粗末なものでも健康な歯で食らいつく方がよっぽどおいしく感じられるでしょう。食生活を豊かにするには歯は大切です。餌としてではなく文化としての食を考えるとき、たとえ入れ歯であっても不自由なく噛める歯があることはエッセンシャルだと思います。
『歯』は『命』と等価ではないですが、うまいものを食してる時には歯を思いやり、命の有難さを同時に噛みしめるといいですね。歯を抜かれたときのあの喪失感を思い起こすとき、『歯は命』と思います。
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| 02.12.16 一番いいことは何ですか?
一番いいことをしてくださいと依頼されることがよくあります。その都度言葉がつまります。何を基準にして一番いいことと決めていいのか難しいからです。一番いいこととされることが一番であることを決める基準は何なんでしょうか?丈夫で長もちなのか、見た目がいいのか、よく噛めるのか、痛くなく簡単な処置ですむことなのか、いろいろな基準が考えられます。すべての基準で一番いいものが一番いいことにきまっています。しかしながら、オールラウンドの人がいないようにそんなものがあるとは考えられません。そこで、何を優先するか、何をまっ先に心配しなければならないかかんがえなくてはなりません。結局ご自分のにとって自分の歯をどのよにしとくのが一番いいのかを現実的な方法を考えて決めていかなければならないのでしょう。
どのような状態にご自分の歯をしておきたいという考えがまとまったところで、現状からそのようなことが実現可能かどうか考えなくてはなりません。そしてそれが可能として、どのようにしたらその状態を維持できるかもしっかり認識して実行することも必要になります。几帳面な方なら維持する努力を持続することが大変ではないとおもいますが、元来にそのようなことが苦手であったり、お忙しい方には手間ひまかかる方法を続けるのは困難でしょう。メインテナンスする難易さも考慮しなくてはなりません。
堅い話になってしまいました。すべて見通せる自信はございませんが、26年間の歯科医としての経験とスタディグループでの研鑽からかなりの精度で皆様の質問にお答えできると思います。いろいろ相談させていただいて納得のいく治療を受けられることをお勧めします。
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| 02.10.17バリ島爆破事件
10月15日連休後の火曜日の朝不審な電話がありました。当院に通院していたある患者さんの模型をいただきたいとの用件でした。どういう理由で必要なのか聞いたところ、12日夜のバリ島での爆破事件に巻き込まれた可能性があるので資料として現場に持参したいとのことでした。模型は取っておりませんでしたが、写真をパソコンに保存してあったため、すぐにプリントしてX線写真といっしょに関係者にお渡ししました。夜自宅に帰り、ニュースを見てびっくりです。その患者さんの氏名が報道されてるではありませんか!状況からしてかなりの確率で、爆弾テロの犠牲になられたと考えられそうです。
どうしてこのような事件が起こるのか?言い換えれば、どうしてこのような事件を起こすのか?いろいろな憶測が、著明な有識者によって解説されています。どの解説者のコメントから考えても、このような事件をおこすテロリストは、自分の私利私欲でやっているのではなさそうです。事件の残虐性から考えれば信じられないことですが、彼等は正しいことをやっていると考えているらしい。少なくとも、世の中を善くするために必要なことだと考えているようです。そう考えるように教育されてしまったのでしょう。恐ろしいことです。テロ集団のドグマに心酔してしまって、すべての事象をそのドグマの枠を通して考えるようになってしまったのでしょう。
このようなことは目新しいことではありません。日本でもオウム真理教の事件が起こりました。善良であって、善良に生きようとしていた若者が、人殺し集団を形成するようになるなど、ご本人さえ想像つかなかったかも知れません。集団にあって、集団のなかでしかモノを考えなくなって、集団の価値観の中で自分を高めようとした結果、全く自分の意図しなかった方向に進んでしまったのでしょう。ここまで極端でなくとも同様な傾向はいたるところで見かけられます。会社のためとニセのラベルを張った食品会社、健康を害してまでがんばらせるクラブとかです。
ものの善悪を考える時には、どういうことが善で、どういうことが悪だか決めなければ考えられません。しかし、時により、場所により、状況により、おかれている立場によりこの基準が変わるから困ります。わたしは歯科医という職業柄、善悪の判断を常に求められながら仕事をしてます。自分が変なことにこだわり間違った判断して、患者さんにご迷惑のかからないように注意しながらやっていくよう心掛けなくてはとあらためて実感しました。
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| 02.8.29スマイルと歯の関係
美しいスマイルには美しい歯が欠かせないと以前このコーナーで述べました。では、どの程度見えるのがいいのでしょうか?いい悪いの問題ではないですね。どの程度見えると人に好感を与えることができるのでしょうか?
あまり見え過ぎて歯肉まで見えてしまうのはいただけませんが、笑い方で歯の見え方も違うようです。また、男女差もあるようですし、年齢によっても異なるようです。研究論文を参考にしますと、一般的に男性より女性の方が、年輩の方より若い方の方が見え方が多いようです。微笑のときは少し見え、大笑いの時は歯肉まで見えてしまいます。
個々の方の歯の見え方を比較する時、条件を一定にする必要があります。そこで、唇をリラックスしたとき(『ンマ』と発音した後の唇の状態)の平均値は、20台の女性は上の前歯の切端が3,5mm見えるに対して、?0台の女性は0,5mmしか見えないようです。
このデーターから推測すると、歯が見える量が大きい方が、若々しい印象を与えるようです。しかしながら、あまりに見え過ぎると品がなくなるような感じが私にはします。欧米人は笑った時に歯肉が見えるのを嫌うようです。
どうして高年齢の方の方が歯の見え方が少ないかといえば、唇の筋肉や組織の張りが落ちて垂れ下がってくるからのようです。歯が短くなるからではありません。そこで、若々しい口元を保つためには、口元を引き上げる筋肉を普段から鍛練させて、垂れ下がらないようにしとくことが必要でしょう(なぜか好まれる人の顔の秘密ー犬童文子著 青春出版ーに詳しく訓練法が書いてあります)。でも、見られる歯が虫歯で黒くなっていたらがっかりです。虫歯にしないように注意しましょう。
日本はお歯黒の習慣があったせいか、口元の身だしなみに気を使い方が少ないように思えます。髪の毛の問題は、これでもかという程CMでながされてることを考えますと、片手落ちのような気がするのは私が歯科医だからなのでしょうか?明治の時代に日本に来た欧米人は女性のお歯黒に驚いたそうです。日本の男性は嫉妬深いから奥さんにそうさせているのだと記した外人もおられました。
スマイルの時の歯の見え方などどうであっても美容の問題で医療として考えるのはどうかとも思います。地域文化の価値感の違いでもあるでしょう。しかしながら、私は歯科医として一人でも多くの人に美しいスマイルをもっていただきたいなと思います。そんなことにお手伝いできれば幸いです。
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| 02.8.15 観る者と観られる者
前回ワールドカップのあまりの盛り上がりに民族主義的排他的な闘争心を危惧するコメントを述べました。スポーツに熱狂する人たちを冷ややかに見ているいやらしい人間と思われては心外と思いながら、パソコンのキーをたたいています。
鍛えられたスポーツマン、スポーツウーマンが、プレッシャーのかかる局面で見せる美技には驚かされます。よく芸術的なという形容が種々のパフォーマンスにされますが、トッププレーヤーによるものはファンタジストと呼ばれるに値します。二流、三流の選手でも、あるいは素人のプレーでも一生懸命集中する姿には胸を打たれます。観ている者の心を揺さぶる何かがあります。そうゆうものを求めて競技を観戦するのは生きる愉しみでもあります。
私が、気になったのは、プレーヤーの技やプレーする姿勢を観たいひとばかりでなく、自分のひいきのチームが勝ったときの快さだけを求める観戦者がけっこういるのではないかということです。自分のひいきのチームが負けてもいいと思う観戦者はいないでしょう、勝つために100%努力するその姿勢を観たい。勝って心の芯から喜びたい。負けて泣く程悔しく、今度は勝ってやろうという気概を心中深く抱いた顔つきを観たい。勝ち負けのドラマがあるから、真剣になるのだし、それが、観るものを感動させるのです。
昔読んだ本の中に、毎年一時期槍と斧で戦う習慣があった南アメリカの隣接の部族の話が載っていました。どちらが勝ったとしても相手の部族を抹殺するまではしない年中行事のようなものだったそうです。その戦いで手柄を立てた者は英雄として皆から尊敬されたため、各々の部族の男たちは来るべき決戦にそなえて、訓練し、規律のある生活をしていたとのことでした。危険な行為は禁止されてるスポーツではないので、毎年双方に死者やけが人がでるのは避けられないことでした。あるとき、智恵のある指導者がむだな争いということで、長い伝統であった戦いを止めてしまったそうです。そうしたところ、双方の男たちはそれまでの習慣であった訓練をやめてしまい、自堕落な生活をするようになってしまったと書いてありました。人間生きていくには目標が必要で、人から賞賛される行為は強力なモチベーションになるものです。
観られる立場のプレーヤーにしましても、多くの観戦者がいれば励みになるでしょうし、賞賛されれば天にも昇る気持ちになるに違いありません。もっともっとがんばってうまくなろうと努力するでしょう。妙技を魅せようと努力するプレーヤーとそれを堪能する観戦者とが、人生を豊かにするのです。私だって、私の治療を受けてよかったと褒められれば、嬉しくなります。難しい治療を工夫してうまくやって、患者さんに喜んでもらえてそれなりに評価されれば最高です。
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| 02.6.23 ワールドカップ
6月22日韓国がスペインに勝って4強入りしました。日本がロシアに勝ってワールドカップ初勝利したとき、また一次リーグを突破したときの盛り上がりようは大変なものでしたから、韓国ではすごいことになっているのでしょう。
実際にニュースでみると大変なさわぎのようです。でもどうしてそんなに嬉しいことなのでしょうか?親戚縁者でしたらあんなに喜んでも訳がわかるのですが、はっきりいって、大多数の方には赤の他人にすぎないと思います。冷静に考えれば、どちらの国が勝利しようと個人的には関係ないはずです。でも国です。国がからむとどうしてこんなに熱くなるのでしょうか?サポーターの表情を追う映像を見るとまるで自分が戦って勝ったようです。同じ国の人間として一体感があんなに持てることに驚きを感じます。でもこうした一体感は他国を排他的に考えることを意味するのではないかと危惧の念さえ感じられます。
私たちはおぎゃーと生まれた瞬間から戸籍に掲載され、国籍、しいては国を意識することを余儀なくされます。それに反し、ジプシーは国にとらわれなくその時の自然状態に応じて自由に国境をまたいで住居を移して生活してきていたようです。しかしながら、近年国家意識が強まり、国境を越えて移住するのが、難しくなったとのテレビレポートを見ました。人間の歴史を考えると定住したのは農耕生活が始まった何千年くらい前にすぎなかったとのことですから、こうした生活をしてきた時間の方が圧倒的に長かったことに気がつきます。どの時点で人間と定義するのかで異なりますが、何百万年もの長いこと人類はジプシーのように部族単位で移動生活をしていたのでしょう。そうして、東アフリカで誕生した人間が全世界に拡大していったのだと考えられます。そうした血の繋がりを元にした集合体が定住農耕生活することにより富の蓄積から部族が集合することが度重なり段々大きな集合体となり個人とはかけ離れた国という単位ができたのでしょう。国の長としては、国として民衆がまとまってくれなければ自分の存在が危ぶまれるわけで、民衆一人一人が一つの家族のような一体感を持つようにいろいろな手段を講じてきて現在私たちが持っている国家への帰属意識が確立してきたのだと思われます。
人間の弱点は心が弱いことだと書かれていた心理学の本がありましたが、人間は群をなさないと不安にかられる動物に属するようです。どこかに帰属してないと、だれかに支持されてないと生きていけない動物のようです。サッカーでもサポーターの声援が選手の力となるようです。一般民衆にとっても無条件で仲間と認めてくれる国の存在は快いものです。他人と競争して勝つ優越感を抱くのも不安定な弱い心にとっては非常に快いものだと思われます。自分が頑張ってもいないのに、他国に勝って優越感を与えてくださるものは棚からぼたもちのようなものです。国民の期待を背負って頑張ってくれる選手の皆さんにはご苦労のことですが、闘争心むき出しで頑張る姿は、個々の人の内なる本能に共鳴する何かがあるのではないかと思われます。それが、進化の頂点といわれる人間が人間になったエネルギーの原動力になったものなのかもしれません。できますれば、悲惨な戦争のきっかけともなりうる国家の帰属意識や闘争心が安全なルールの元に行われるスポーツの中だけで発揮されて欲しいものです。
サッカーの話題から、国の存在、帰属意識、優越感、人間の心の弱さ、進化論など奥の深い言葉を使ってしまいました。それぞれの言葉については自分なりの考えを持っています。機会をみて個々に述べてみたいと思います。
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| 02.6.14 3歳児歯科検診
日本のサッカーワールドカップ一次リーグ最終戦が行われる日の1時30分から3歳児検診を青葉センターで行われました。当日の検診対象者は100人とのことでしたが、実際にいらっしゃた方は75人でした。歯科医師会会員の当番3人で検診したので、私は多分25人程の子供さんのお口の中を診させていただいたのだと思います。その子供さんたちでは軽度の虫歯を持った子が2人いただけでほとんどの子には虫歯がありませんでした。乳歯は上下の顎にそれぞれ10本づつ萌出して、2歳半頃に乳歯列として完成するので、3歳児では生え揃ってからまだ半年程しかたっていません。ですから、3歳時に虫歯がないとしましても、安心できるものではありませんが、虫歯予防が以前に比べ格段の進歩があったことを実感できました。
今回も、お母さん方の悩みは、前回の1歳半検診で受けた質問と同じく、どうしたら、歯磨きを嫌って逃げ出さないようになるかと、指しゃぶりのことでした。
私が気になったのは数人の子供の下顎の奥歯の内側が汚れていることでした。下顎の奥歯の内側は歯ブラシが当たりにくい部分なのですが、よく噛むと舌が当たるせいか、きれいに保たれる所なのです。ですから、この部分が汚れていることは、食事の際に、しっかり噛む習慣がついていないことが疑われます。案の定、そのことを母親に聞いてみたところ、食べ物を口の中で遊ばせてしまったり、口の中に置いといていつまでも噛まないし、飲み込まないでいることが多いと話してくださいました。
乳首に吸い付いてお乳を飲む機能は本能としてだれしもできることなのですが、歯で食物を噛み砕いて飲み込む作業は後天的なもので、学習しないとできないことのようです。この作業は、柔らかいものから段階的に離乳食を進める過程に無理があると正しく会得できないとのことです。乳幼児とどのように接したらよいのか、私自身体験したことではないのでわからないのですが、人間を人間らしく育てるのは大変なことだと思います。
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02.6.5 荏田西保育園で検診
朝9時30分から11時過ぎまで0歳児から5歳までの入園者約90人の検診を行いました。6年前から担当させていただいてるので今回で6回目になりました。最初のときから見てきた子供がどのような経過をたどったかデータを見るのが楽しみのような、がっかりさせられるのではないかと見たくないような複雑な思いです。検診後も子供たちが歯を大切にすることを忘れないように、4ヶ月ごとに歯科衛生士さんを派遣して指導に当たらせたのですが、公立の施設のため、時間的な制約があり、父母に直接お会いして相談にのったり、アドバイスしたりすることが十分にできないことに歯がゆさを感じています。
園に入ってみると椅子や机など何もかも小さく、ガリバーの心境でした。自分も通っていた幼稚園を成人してから見に行ったときどうしてこんなに小さなものだったのかと不思議に思えたことがありますが、この子供たちも将来そう感じるに違いありません。
検診の状況は、虫歯を保有している子は1割程度で、すぐ歯医者に診てもらわなければならない子は一人でした。きれいに治療されてる子も数人いました。虫歯だらけの子が皆無だったのは20年前を思い起こすと不思議な感じがしました。
検診後に歯垢染め出し液を使っての歯磨き指導をしました。口を真っ赤に染め、首にタオルを巻いて、真剣な目で不器用そうに歯ブラシを扱う姿には人が生きる原点をみ見るようでした。新人類とかと、世代間の格差がとりただされますが、このような子供たちを見ているかぎり人間の本質は少しも変わらないものだと思いました。このような子が、社会の風潮に影響されてそれなりの社会に適応していく結果が世代間の格差として現れるのだろうと思われます。家庭環境、テレビ、マンガに影響されるのでしょう。恐ろしいことです。
検診後の園長さんと話し合いの中で、育児ノイローゼ気味の母親との接し方の難しさが話題として出ました。昔の日本の社会はきちんとした門構えのお家は一部の高級士族だけであって、一般庶民はお互いの内の中まで筒抜けで、他人の家の子でも互いに干渉しあい、助け合いながら生活していたようです。現在は隣の家の物音でもしようものなら、訴訟問題になりかねないくらいに、接触を避けるようになってきています。高級士族の家にはいろいろな使用人が出入りしていたので孤立していた家庭はほとんどなかったのかもしれません。干渉しあわないほうが楽だし、社会が豊かになったのでそうすることが可能になったのでしょう。
人間は、人の間と読めます。孤立しては生きていけません。隣近所でコミュニティーが自然発生的に形成され機能しないとすると、自分から作っていかなくてはなりません。話友達を作ることがへたで、社会に孤立してしまい悩みを抱える母親がいても不思議ではないでしょう。ここ何世代での日本社会の変貌は尋常ではなかったのですから。
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| 02.6.4 歯並びとスマイル
20代の女性が歯並びを気になされて相談されたのでどのようにしたらいいかあれこれお話してお帰したところ、次回来院時に、「笑わなければ見えないから気にしなくてもいいのじゃない」とお家の方に言われたので歯列矯正するのは止めますとのことでした。
歯列矯正するには健康保険がきかないので費用がかかるし、歯に器具を付けなければならず、痛そうだし見た目も悪い。おまけに、清掃しにくくなるので虫歯の心配もしなくてはなりません。挙げればキリがないほど歯列矯正に踏ん切れない理由はあるでしょう。それでも、「笑わなければわからないから」という理由については頭をかかえてしまいました。
私は、歯列矯正の最も大切な目的は笑顔を美しくすることだと考えているからです。もちろん、歯並びが揃っているほうが、歯磨きもしやすいし、咀嚼効率藻いいので、健康によいことは間違いありません。しかしながら、毎日の歯科臨床で見かける方できれいに揃った歯列を保たれていらっしゃる方はまれですし、不揃いの方でもきれいに手入れをなされて問題なく生活されてる方も大勢おられます。また、きれいに揃っておられる方でも顎の関節炎である顎関節症を患っていらっしゃる方もまれではありません。もちろん、虫歯になる方も多くいらっしゃいます。歯並びが悪くてもちょっと面倒なことをすれば清掃できますし、歯の健康は保たれます。しかし、スマイル、笑顔を美しくすることは難しいでしょう。
スマイルを美しくするためだけに、歯列矯正するなんて、と不審に思われる方もいらっしゃるのは当然だと思います。江戸時代には武士は三年に一度片頬が緩む程度でいいと教育されていたと書かれている本を読んだことがありますし、当時の女性はお歯黒をしていたようです。白い歯をみせてにこっとするということに価値を認めるのは、日本人の伝統文化ではありません。
欧米を旅をしますと、エレベーターに乗り合わせたりしますと、見知らぬ他人同士でもちょっとニコッとして短い挨拶を交わします。日本では無視しあうか、やくざ映画のように睨み合う光景の方が多いようです。若い女性がニコッとしたらその気があると誤解されるかもしれません。歴史風土の違いが「スマイルー笑顔」に対する認識の違いに反映されているのでしょう。それでも、最近の芸能人の口元をみていると段々欧米文化がこの面では優勢になってきているとの雰囲気を感じます。八重歯がかわいいといわれていたタレントさんもある程度のお歳になると違った口元でテレビに出られるようになりますし、お笑いタレントでも売れてくると不揃いの歯は直されるようです。
昨年アメリカ資本経営の有名テーマパークに遊びに行きましたら、笑顔を振りまくよう教育されているのでしょう、日本人の多くの若い女性スタッフがスマイルで迎えてくださいました。職業柄どうしても口元に視線がいってしまうためでしょうが、凸凹の歯をさらけだされるのはいい感じがしませんでした。そのような方は、手で口元を隠すしぐさの方がいいのかもしれません。
欧米的な価値観が優勢になりつつある現在、画一的にきれいに揃えなくても、見苦しくない程度の口元にはしたほうがいいのではないでしょうか。
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| 02.5.18 歯磨きされるのをいやがる子を持つお母さんへ
昨日(5/16)は青葉区保健所の1才半歯科検診の当番で、AM9:30から11:30までおおよそ95人ほどの参加者を3人の青葉区歯科医師会会員でこなしました。奥歯がまだ萌出してない子供もあり、虫歯になっている歯牙は私が診た子の中にはいませんでした。けっこうがんばって母親をやっているんだなとの感想を持ちました。そんな母親の悩みは、子供が歯磨きするのをいやがるため毎日追いかけっこして、はがいじめにして力づくでやっているから大変なので、どのようにしたらいいかということでした。7割方の母親からそのような質問を受け、指しゃぶりの質問も2,3人から受けました。
歯磨きはしっかりしたほうがいい、しかし、歯磨きを嫌いにさせてしまっては「角を矯めて牛を殺す」です。1才半の子供には言葉は通じません。いくら歯磨きの重要性を話して聞かせたところで、わかるはずがありません。それこそ、しっかり磨いてやろうとして目を吊り上げて子供を捕まえにいったら、子供が逃げるのはあたりまえです。逃げる子供を大きな声を出して叱ればなおさら逃げ回るでしょう。それより、母親が楽しそうに歯磨きしていれば、子供もまねをしようとして寄ってくるはずです。最初からしっかり磨こうと思わず、とりあえず、歯磨きのまねごとをしながらままごとでもするように母子で遊びながら楽しんでやれば自分から歯ブラシを持ってきて母親の元に寄り添ってくると思うのだけどどうでしょう。
今日ワールドカップサッカーの日本代表選手が発表されました。代表に選ばれた選手も、漏れた選手も大変な努力をして練習していたのに違いありません。時折、ニュースで流される選手らのインタビューでのコメントには異口同音に「練習を楽しんでやってます」との言葉が含まれてます。いくら、輝かしい目標があったとしても、地道でつらい練習を続けるのはしんどいでしょう。そこで、「楽しんで」との言葉がでてくるのだろうけど、意味もわからず、面白くないことをさせられるのは単なる「拷問」です。そんなことに抵抗もせずに従うなんて信じられません。怖そうな目をして母親が歯ブラシを持って近づいてきたら逃げるのはあたりまえです。逃げてこそ正常な感性を持った子として安心してもいいと思います。
一度嫌いにさせたものを好きにさせるのは大変です。ボタンをはめ違えたら、最初から戻らなくてはなりません。一ヶ月ぐらい歯磨きをしなくてもそうそう虫歯になることはないぐらいにひらきなおって、子供の機嫌を見計らって、うまく軌道修正したらいいと思います。原始人は歯磨きなんかしなかったが、現代人ほど虫歯はなかったのだから。
イスラエルとパレスチナの血で血を洗う抗争を見るにつけ、イソップ物語の教訓が生かされてないことにもどかしさを覚えます。みんな小さい時に読んで聞かせられたはずなのに。
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| 02.5.20 子供の指しゃぶりにどう対処しましょう?
子供の指しゃぶりについては、検診時だけでなく、日常の診療中でもよく相談をされる問題です。この問題を質問されたとき私は、子供自身がやめたくなったときまで待ってくださいと言っています。やめたくなる理由はいろいろ出てくるでしょうが、ある程度の歳になってまでやっているのはかっこ悪いと思うようになるようです。でも、無意識にやってしまう癖はなかなかやめられないものです。きっぱりやめられないとしても、非難がましい言葉をあびせてしまうのは逆効果だと思います。100%やめられなくても、やめようと思っているのであれば、数回に一度はやろうとした指をひっこめるようになるものです。そこで、以前よりやる回数が減ったとか、やってる時間が短くなったとか、やめるよう努力している子供をほめてやり精神的にバックアップしてあげることこそ必要なことだと思います。完全にやめられないことを強調されたら、子供によってはやめようという意志も強くなるかもしれませんが、やめられない自分自身に自信を失い、自分はだめな人間なのだと劣等感をはぐくませてしまう危険のほうが強いのではないかと危惧します。小学校3年生の春に初めて当院に来院された男子で、指しゃぶりのため、前歯が前方に反っていた子に、指しゃぶりをやめるようお話したら、翌年には何の器具も使わずに歯並びが正常になっていました。一番大事にしなければならないのはお子さんのより良く生きる意欲を育てることだと思います。くれくれも、枝葉末節にこだわって本末転倒しないように。でも、話がわかりすぎて、子供のいいなりになり、自由奔放に育てすぎても自制心をなくしてしまいそうです。子供を育てることは親としてのバランス感覚が試される作業なのでしょう。
心の準備ができたら賢い方法を考えればいいのです。親子の目標が一致しているので話し合いもスムーズに進むでしょう。いろいろ工夫して試してみる必要が有ると思います。大人用の靴下をひじまですっぽりかぶして止められたお子さんもいらっしゃいました。
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